十全大補湯を“ツボ”で再現するという発想 — 鍼灸師40年、臨床の現場から

中医学

十全大補湯を“ツボ”で再現するという発想 — 鍼灸師40年、臨床の現場から

 

鍼灸師という仕事を長く続けておりますと、「十全大補湯を飲んで元気が出ました」そうおっしゃる患者さんによく出会います。確かに良い処方です。しかし、私はいつもこう思うのです。

「漢方薬で起こる働きは、ツボで再現できる」

黄帝内経にも、“薬と鍼は同じ治則に立つ”と説かれております。今日は十全大補湯を、鍼灸の視点からひも解いてみましょう。

1. 十全大補湯とは ― “気血両虚”の王道処方

十全大補湯は、八珍湯に黄耆と桂皮を加えた処方で、気を補い、血を養い、さらに表を固め温めるという「総合サポート」の役割を持ちます。

臨床では、次のような方によく用いられます。

  • 体力の落ちた方
  • 術後・病後の回復期
  • 貧血・疲労・息切れ
  • 免疫が弱く、風邪をひきやすい
  • 冷えやすい、手足が冷たい

つまり、気を補い(補気)/血を増やし(補血)/温めて巡らせる(温陽・活血)。これが十全大補湯の本質です。この働きを“ツボ”で再現していきます。

2. 「血を増やす」ツボ

まず、十全大補湯の補血作用に対応するツボです。

◆ 膈兪(けきゆ)

血の巡りを司る要穴です。鍼をすると背中が温まり、胸から溢れるように活力が戻るのを多くの方が実感されます。血の滞りだけでなく、“血をつくる力”そのものを支える働きがあります。

◆ 血海(けっかい)

“血の海”という名の通り、増血・浄血の中心となるツボです。女性の不調、貧血、冷え、さらには美肌にも使います。血海に鍼をして、瞬間的に顔色が明るくなる場面に、何度も出会ってきました。

3. 脾・肝など「血をつくる臓」の底上げ

血はただ補うだけでは足りません。“つくる臓”を健やかに保つ必要があります。

◆ 陰陵泉(いんりょうせん) ― 脾が弱いとき

脾の要穴です。脾は“後天の本”であり、食物から気血を生む基礎。脾が弱いのに補血しても長くは持ちません。陰陵泉は「血を育てる土壌を整える」役目を担います。

◆ 肝兪・期門(かんゆ・きもん) ― 肝が弱いとき

肝は血を蔵し、気の流れを調えます。気が滞れば血も滞る——まさに肝の仕事です。肝兪(背側)で蔵血を助け、期門(胸脇)のツボで気の巡りをほどきます。十全大補湯の「補血しながら巡らす」作用を、ツボで再現できます。

4. 「気を増やす」ツボ

気を補うことは、十全大補湯の中心軸でもあります。

◆ 気海(きかい)

名の通り“気の海”。虚弱、疲労、息切れ、元気の出ない方に用います。多くの患者さんが、「身体の中心に灯りが灯った気がした」と表現されるツボです。

◆ 関元(かんげん)

精と気を養う下腹部の要穴です。病後の回復、虚弱、冷え、免疫低下の方に必ず使います。気海とセットで用いることが多いツボです。

◆ 膻中(だんちゅう)

胸にある“気の集まる場所”。胸がつかえる、息が浅い、気持ちが落ち込む——こうした状態が続けば、補気薬は十分に働きません。膻中を開いておくことで、十全大補湯の補気作用がスムーズに広がっていきます。

5. 「胃・肺」を整える — 作られた“気血”を全身へ

気血を補うだけでは足りません。“作る力”と“巡らせる力”の両方が必要です。

◆ 足三里(あしさんり) ― 胃が弱いとき

胃の代表穴です。食が細い、胃が弱い、吸収力が低下している状態では、補剤は十分な効果を発揮しません。足三里は「胃の気」を強くし、食べた物を確実に気血へ変えるツボです。

◆ 肺兪・中府(はいゆ・ちゅうふ) ― 肺が弱いとき

肺は“気の大本”。呼吸が浅い、風邪をひきやすい、疲れやすい——こうした方の多くは、肺が弱っています。肺兪で“呼吸の力”を高め、中府で“気の流れ”の入り口を開きます。十全大補湯の「衛気を強める」作用に相当します。

6. 十全大補湯をツボに写す ― まとめ

十全大補湯の構造を鍼灸で再現すると、次のように整理できます。

  • 血を増やす:膈兪・血海
  • 脾臓が弱い:陰陵泉
  • 肝が弱い:肝兪・期門
  • 気を増やす:気海・関元・膻中
  • 胃が弱い:足三里
  • 肺が弱い:肺兪・中府

鍼灸の良さは、薬を飲めない方であっても、同じ理論でからだを立て直せるところにあります。十全大補湯を服用している方に、これらのツボを組み合わせると、驚くほど回復が早くなる場面を臨床で何度も見てきました。

漢方と鍼灸は、本来ひとつの医学の中で育った兄弟のような存在です。薬の働きをツボで写し取り、その人に合ったかたちで「気」と「血」を補っていく——その発想を、日々の養生にも役立てていただければ幸いです。

【投稿:60代 鍼灸師】